ボーソー油脂60年のあゆみ |
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1947年(昭和22年)創立のボーソー油脂株式会社は、2007年12月に60周年を迎えます。人に例えれば還暦、戦後の混乱から高度成長期の日本を支えてきた団塊世代と同じ時を共有してきたことになります。
日本が大きく変わったこの時期。米油業界、そしてボーソーが歩んだ道も決して平坦なものではありませんでした。米糠という原料調達の難しさ、高度に精製された油をつくることの技術的な困難さなど、高品質な米油の安定供給という段階まで多くの困難を乗り越えなければなりませんでした。ボーソー社員だけでなく米油産業に携わった多くの先輩方の研鑽と努力に培われて、今日の私たちがあるのだと思います。
そこで創立60年を期に、先輩たちの歩みを振り返るページをつくりました。過去から学び、それを生かして新しい時代にふさわしい明日のボーソーを築きたい――そんな気持ちをこめて、私たちは2007年12月から1年間「Change the future」というキャッチフレーズを掲げ、積極的な企業活動を展開していきたいと考えます。
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- 草創期
▲沿革
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朝鮮仁川で精米所を経営していた直野良平が昭和20年敗戦とともに帰国。戦後間もない日本において2年間の苦闘の後、千葉県船橋市に房総油脂を創設する。原油生産能力40t/日は、当時としては大規模な抽出設備であった。昭和20年代後半には廃業したり、大豆や菜種の搾油に転換する同業者が相次ぐ中、房総油脂は、全国に米ぬかと原油の集荷ネットワークを構築することに努め、トップメーカーへの道を歩み始めた。

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初代社長 直野 良平 |
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- 米油のエキスパート企業を目指す
▲沿革
米油がデパートや食料品店で販売され始めたのを皮切りに、天ぷら油、サラダ油などの本格的な生産・販売展開がスタートした時期。社名を「房総」からより全国展開のイメージが強い「ボーソー」に変更し、東京証券取引市場第2部への上場も果たす。30年代末には「東京オリンピック」が開催され、時まさに高度経済成長期。連続脱臭機の導入などによって米油の品質も大幅に改善されると同時に合理化にも拍車がかかった。


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- 変革期を迎えて
▲沿革
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40年代初期、コレステロールを低下させる効果が証明されて、マヨネーズ、マーガリン、魚類の油漬け缶などへ用途を拡大していた米油に、さらに追い風が吹く。ボーソーは、より健康効果が高い「調合コメ油」を発売し、広告宣伝をはじめとする積極的な営業活動を展開。さらに、粉石けん、健康食品、化粧品など関連分野へと事業の拡大を図っていく。

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- 多角化・安定の時代
▲沿革
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油部門でも多角化が展開される。コーン油に引き続き、菜種の製油・精製が本格化する。米油も、業務用としてさらに用途は拡大し、米菓子などの食品メーカーを筆頭に学校給食や病院などにも販路を拡大していく。タイに合弁会社を設立したのをはじめ、合理化計画により米油の生産能力の増量をはかった。
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- 信頼の企業へ
▲沿革
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モノに対する充足感よりも健康・安心・安全などココロの満足が求められるようになった現在。ボーソーは、限られた資源を有効に使うという企業方針のもと、米ぬかから米油、石けん、化粧品などさまざまな関連商品を生産する“エコ企業”としてのポジションを確立しつつある。平成12年には船橋工場がISO9001を取得。現代ニーズにマッチした米油を中心に、健康的で安全な商品の提供に努めている。

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