60th Anniversary BOSO

ボーソー油脂60年のあゆみ

リーダーの肖像
初代社長 直野 良平 S22、12〜S36、5

大分県に生まれる。慶応義塾大学理財科病気中退。父親が経営する朝鮮京畿道開城の農園で療養するため渡韓。大正9年、29歳の折、独立し、仁川で直野精米所を始める。昭和11年より米油の生産を開始する。昭和15年には大豆搾油、米油の精製、石鹸の製造を行う共栄油脂を設立。

しかし、敗戦に至り昭和20年帰還。2年間の苦闘の末、千葉県船橋市に房総油脂工業を創立する。同時にメーカー同士が競争するだけでなく協力し合わなければ米油が産業として成立することはできないとの考え方から、全国米床油工業協同組合の創立にも注力、8年にわたり理事長としての重責を果たす。昭和36年8月、産業功労賞、農林大臣賞を受賞、さらに昭和45年には米油工業の発展への貢献が認められ、勲5等双光旭日章を授与されている。

直野 良平

   

第2代社長 真島信夫 S36、5〜S39,11

 
   

第3代社長 平岡 茂 S39,11〜S48,5

 

   

第4代社長 大山田晋 S48,5〜S59,6

 

   

第5代社長 勝本昭二 S59,6〜S63,6

 
   

第6代社長 大山田晋 S63,6〜H1,6

 
   

第7代社長 松本宇市 H1,6〜H13,6

 

   

第8代社長 垂水 龍介H13,6〜

熊本県出身。千葉大学卒。入社後、技術系から営業畑に転ずる。米油のマヨネーズや魚油漬け缶詰への利用推進など、米油の用途拡大に貢献。平成13年6月より松本宇市の後を受け現職。社長就任後より、「米糠の高度利用」をモットーに安心・安全な商品の安定供給と業績の維持伸長に腐心する。座右の銘とするところは、西郷隆盛の「遺訓」より「命もいらず、名もいらず、官位も金もいらぬ人は、始末に困るもの也。この始末に困る人ならでは、艱難を共にして国家の大業は為し得られぬ也。」

 

垂水 龍介

 
米油パッケージのいろいろ
【昭和33年】
【昭和34年】
【昭和45年】

【昭和52年】
【平成12年】
【現在】
活躍した会社案内たち

米油がデパートや食料品店で販売され始めたのを皮切りに、天ぷら油、サラダ油などの本格的な生産・販売展開がスタートした時期。社名を「房総」からより全国展開のイメージが強い「ボーソー」に変更し、東京証券取引市場第2部への上場も果たす。30年代末には「東京オリンピック」が開催され、時まさに高度経済成長期。連続脱臭機の導入などによって米油の品質も大幅に改善されると同時に合理化にも拍車がかかった。

 

 
   
         
  小冊子「ボーソー米油」  
         

 

石けん運動

石けん運動昭和52年に滋賀県琵琶湖で起こった赤潮大発生をきっかけとして、その原因の一つである 家庭用有リン合成洗剤の使用を粉せっけんにきりかえようという運動が全国に広がった。 生活排水は海、川、湖などを汚すだけでなく、その生態系にも大きな影響を与えることが 指摘されたのだ。滋賀県では、運動は「滋賀県琵琶湖の富栄養化の防止に関する条例(びわ湖条例)」に結実し、 その後神奈川県や千葉県手が沼などにも水質保全を求める活動が広がっていった。

この運動に特に熱心に取り組んだのが生活協同組合(生協)で、独自のブランドで粉せっけんを開発したばかりでなく、粉せっけんの上手な利用法やせっけんシャンプーで洗うコツなどについて各地で啓蒙活動を展開した。ボーソー油脂も生協とともに北海道から九州まで全国規模で粉せっけんの普及活動に協力、生協の組合員さん向けにせっけんの基礎知識や使い方講習会、実験等をまじえた学習会を年間100件程度こなした。また、せっけん製造工程を実際に見てもらうための工場見学を主催するなど積極的に取り組んできた結果、生協PB商品が数多くうまれた。
 
ボーソーいきいき改善活動

いきいき改善活動円高や食生活の変化で油脂業界の競争が厳しくなっていた平成4年、仕事の仕方を見直し、 設備や働く環境を改善して会社の体質を強化しようと、全社的な取り組みとして始まったのが 「いきいき改善運動」(BKK=ボーソー改善活動)である。
活動の目的は、1.他社に負けない品質と低コストの達成、 2.安全と働きがいのある職場づくり、 3.人と組織を活性化し、人材の育成をはかる、 4.食品工場としてふさわしい会社にする、の4点。 これを実現すべく、以下の8項目が重点項目に設定され、具体的な目標値と達成までのプラン・スケジュールが定められた。

 

  • 1.生産設備の故障の低減
  • 2.クレームゼロをめざす
  • 3.生産性の向上
  • 4.変動加工費の削減
  • 5.人的災害の撲滅
  • 6.事務部門の簡素化
  • 7.事務所のスペースづくり
  • 8.人材の育成

各部一丸となっての取り組みの結果、平成7年までの3年間で生産設備の故障の大幅な低減、生産性のアップなど、ほぼ当初の目標をクリアする成果が得られた。
特に大きく変わったのが、働く環境の整備状況。全員で壁や天井を塗り替えたり、床タイルを貼り替えたり、自分の回りのスペースを整理整頓したことで働きやすくなったと同時に会社に対する愛着も一層増し、環境をきれいに保とうという意識も生まれてきた。さらに、社員の中にやればできるという自信やよりよくする(なる)ための改善提案をしたいという意欲も生まれてきて、目標達成以上の成果を得ることができた。通常の仕事をしながら改善に取り組まねばならないという厳しい条件の中で社員のモチベーションが目標値達成のためにいかに大切かが証明された活動であった。
この活動は、月1回のペースで各項目に対してチェック・点検を行うという「維持管理活動」として、現在も継続している。

 

いきいき改善活動